トランスファー

トランスファー

『トランスファー』
ートランスファーとは一つの地点から別な地点に動くという意味ー

(1)不動産って人のこと?
不動産ってなに?文字の如く考えれば動かない財産。では動かないものってなに?と考えたら、決して家という箱ではないと思った。だって家は作り変えられるから。動かない財産とは「環境」かな。そして環境は人によって大きく変化する。とすると、不動産で言うところの財産とは究極は「人」なのかしら。

先日、鹿児島のとある市役所に電話をした。過疎地化している田舎。ただ自然がとても豊かなので過疎地と言っても惨めさはない。私はその市にある、地元の人たちからツツジの家と呼ばれる家を買いたかった。花が咲いていない真夏でさえ、立派に整列した壮観なツツジたち。彼らに吸い込まれるようにそのお家を見て、そして魅せられた。

テキサスに住んでいると青々とした庭を造るには、カンカン照りの太陽と闘いながら、水撒きを毎日一回は延々としなければいけない。ところがこのお家の持ち主さんに「ツツジにはどのくらいの頻度で水をあげればいいですか?」と聞くと、間髪入れずに「水なんて撒かなくていいよ」という。雑草をちょこっと取るだけのガーデニング。ガードナーパラダイス。

さて、電話で話をした市役所の移住支援担当者からは、この豊かな土地に人が来て欲しいという熱は感じられなかった。過疎化で諦めているのだろうか?手放しているのだろうか?とにかく伝わってくる「熱」が冷めている。その土地の環境を一人の人間の態度では判断できないけれど、反面、氷山の一角となる一人の人の態度によって、潜在意識の中に隠れてたモヤモヤ感が裏付けされた。(ここに来たら自分一人で隔離された環境でやっていかなければいけないかもしれない)。そんな思いが過った。

アメリカから成田に降り立つと、いつも守られていると感じる日本。その日本にいながら、守られていると感じられない土地に、わざわざテキサスから移住する理由はない。テキサスこそ自然からも人からも守られず、自分一人の力で立ち上がって、インディペンデントに生きていかなければいけない土地。それはそれで開放的で勝手気ままな自由があり、気持ちが清々とする潔さがある。けどもうそれは十分経験した。何十年も経験した。だから移住するのなら、自然が豊かで神さまに守られていると感じる、そして人が親切な土地に行きたい。

「霧島に行きたい」気持ちはそこに行き着いた。観光者として霧島をウロウロ徘徊しただけで、霧島のことなど何一つ知りはしないけど、でも霧島に行きたい。私の潜在意識がそう言っている。その直感に沿ってこのトランスファーを進めていきたいと思う。
ツツジのお家はすごく気に入っていて、時間をかけて素敵な家に改装していきたいという夢が膨らんでいた。けれども家など箱が問題じゃない。きっと遊びに来てくれる人たちも、それを求めて遠方から来るわけではないと思う。

それにしても思い返せば、テキサスで今売却されることが決まった我が家も、地図を見てBastropという名前を見て、ここがいいと決めただけ。潜在意識の声に沿って決めたけど、その裏には色々な理由があった。それは後になって、潜在意識化で知っていたことを顕在意識に持ち上げてこれた時に、やっと言語化できた。(ここがいい!と思っただけって、なんていい加減に不動産を買うことを決めたのか)自分でもそう思ってたけど、実のところはちゃんと動かない財産を確認していた。潜在意識は頭がいい。顕在意識がバカなだけ。

無意識に確認していたのは、近くにある湖、コロラド川、州立公園、ハイテク企業で上昇しているオースチンから通勤圏内(通勤時は朝、東から西に向かうので車を運転している時にまぶしくなく、日が沈む帰りは、西から東に向かうのでやはり車での通勤時にまぶしくない)、土地にもともとある井戸などなど・・言葉にしたら切りがないことを無意識に知っていた。人はみな本当は潜在意識に動かされていて、ただそれに気づけないだけなのだと思う。

今、私は霧島がいいと思っている。言葉では「きれいな土地だし人が親切だし・・」うんぬんと出てくるけど、きっと言葉では羅列しきれないことを無意識が判断してくれているのだと思う。一つには前出の「人」。これが重要なキーワードだと思う。霧島の人たち。でも、その人々と上手くやっていかれるかそうでないかは、私自身の在り方にかかっていると思う。守られている土地に行くのだから、その土地で人々と上手くやっていくために、自分自身を人や自然を鏡として、これからも学んで磨いていこう。なぜかそう引き締められる。霧島の神さまエフェクトかもしれない。

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