うちから湧き出てくるものが癒し
- 2019.12.19
- 九州ライフ
臼杵を経由して蒲江でブリカツ食べて霧島に。ツーリストになって満喫。
霧島の妙見温泉にある田島本館に、湯治のことを何も知らずに夫と来ました。そしてお湯に浸かり、これまで温泉に抱いてた価値観が、眼から鱗が剥がれたように180度変わりました。
お湯が生きている。お湯に浸かって身体がそう感じました。温泉のお湯が会話をしているように生きている。
ここの温泉施設はこれ以上シンプルにできないという作り。お湯の質が良ければ飾る必要なんてない。水風呂の横に無造作に引っ掛けられている、昭和風のプラスチックの飲み水用のカップが、まるで人と人の関係、宿とお客の親密で温かな関係を象徴しているように感じました。
お風呂場に入ると、地元の人がお一人脱衣所にいました。杵築の地元のお風呂で洗礼を受けていた私は、少し身構えました。するとその方の方から顔を上げて、「こんばんは〜」と言ってくれました。地元の閉鎖的な雰囲気を想像してたので、一瞬間が開いてしまいましたが、私も呼応してご挨拶。
たまたまその人が感じの良い人なのかもしれない。そう思いながらお風呂場のドアを開けて中に入ると、腰の曲がったおばあちゃんがお湯をザバザバかけていました。そして私に気づくと、「こんばんは〜。一人にならなくて良かったわあ。」と声をかけてくれました。
本当にこんななんでもないことに、私は涙が出そうになりました。よそ者を気遣ってくれる。優しい声をかけてくれる。目を見てくれる。
物や施設が揃っていることなんて、もうどうでもいいです。ここの湯治のお風呂のように、シンプルで飾りなどないけれども、うちから湧き出てくるもの。それが癒しになるのだということを心から理解しました。
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