自分自身で考察できる子どもはどう育てる?


ペトロスキー先生から教えを受け、ブログを読み、色々なお話しをしていただき、そして自分自身の経験と照らし合わせ、先生が伝えてらっしゃる『原理』について考えを巡らせると、どうしても答えが見つからない、一つの点がありました。(※ ペトロスキー先生のご紹介はこちらの記事をご覧下さい

それは、原理を教わることで自分自身で考えることができる人と、原理を知っただけでは全く点と点が繋がらず、どこから思考したらよいのかさえ、皆目分からない人の違いはなんなのだろうということ。

後者のようなお母さんたちは、根本の幹となる原理が見えないから、枝葉の部分の情報をたくさん集め、記憶し、枝葉通りに行動しようとする傾向にあるように思います。でも幹の部分が見えてないので、枝葉という道しるべがない状態に入ると、自分なりの道を見つけることができない。

反面、多くのお母さんたちは、原理を知ることで自分自身で考察することができる子どもを育てたいと、希望していると想像します。

原理を知れば自分で考えられる人と、そうでない人の違いは一体どこから生まれるのか?また、自分で逞しく考察していかれる力を子どもに、どう与えてあげたらいいのか?それは興味とか好奇心という、考えたい、知りたい、分かりたい、発見したい、という意志の違いではないかというところまでは、考えは至りました。

ではその意志はどう育てたらいいのか?そこがずっと自分の中で分からないところでありました。

でもバックミンスター・フラーの言葉で、やっぱりそういうことだったのかと思わされたことがありました。

まず興味を教わることはできないから自分で「発電」しなくてはいけない。「発電」という動機づけは決して教えられない。-By フラー

その答えは「教えられない」ということだったのか・・・

決して教えられない・・・

意志や動機は教えることはできないのか・・・

後から付け足すように教えることはできない。

でも、人は生まれた時は知りたい欲求と共に誕生していると考えるのです。それは学ばないと生存することができないから。とすればやはり昨日のポストで紹介したフィンランドの教育のように、後から教え込んで付け足すのではなく、すでにあるものを殺さない教育をするべきということなのでしょう。

ちなみに点と点を自分で繋げて考えたい方には、ペトロスキー先生のブログを片っ端から読まれることをお薦めします。

こちらは宝が溢れている宝庫です:ペトロスキー先生のブログ

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