植物の声が聞こえるようになっている気がします

植物の声が聞こえるようになっている気がします

森で裸足歩き&走りをしているうちに、緑色の群生を見るのに目が慣れてきて(裸眼で!)、どこまでが人為的に手が加えられているのか、どこまではほったらかしの自然なのか、なんとなく感じられるようになってきました。

自然公園って言っても、意外と人間に手入れされているものなのですね。以前はそんなことには気付かずに、森はただ単に緑色の塊でした。

森にマインドコントロールされて、ここのところひたすら穴掘って、土と馬糞のコンポストで植物を植えています。

森から感覚を取り戻すことを教えてもらっているためか、植物の声が前よりも聞こえるようになっている気がしています。そして思うのは、まったくもう、一人一人要望が違って手が焼けるってこと。

アタチはここじゃ暑すぎる〜、ちょっと水多すぎ〜、濃厚な肥料で咲きすぎちゃって疲れたわ、なんで今の時間に水撒くってか!?、この土じゃ息苦しいから水はけ良くなるように砂を足してくれ、などなど、皆さまのご要望を聞いてたら大変。

森に行くと最近は木々が気になり、その延長で街に植わっている木々も気になりだし、自然と人口の隔たり、または共存に敏感になっている今日この頃。特に環境問題に頭を悩ませたことは無いのですが、今は自然と人口の共存は、コンセプトの問題ではなく、すごく身近な現実になりました。

昔、アル・ゴアさんの不都合な真実の講演に行って、ゴアさんに本にサインしてもらって握手してもらった事がありましたが、その頃には植物を見て、(水くれ〜って言ってる)とは感じられませんでした。頭の中のコンセプトだけで、環境問題をひねくりまわしていたかも。今は、木一本でも植えて増やす様、穴掘ってます。

コンセプトだけ追っかけていた時は、あれはただのアクティビティーだったんだなって思います。でも穴掘って植物を植えるのはアクションなんですよね。

ところでモリンガを種から発芽させてますが、成長が早くて、見てて面白いです。サツマイモは買ったままほっといたら芽が出てきちゃったので、この際育ててみようと思って植えてみました。

植物に水を撒いてると、必ずと言っていいほどリオがやって来て、リオに水撒いてるとオードリーとジュビリーもやって来るので、植物の水やりと馬洗いを混合させてます。生き物の世話は手間暇かかる。でも手間賃として幸福感を貰えます。

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