『和を以て貴しとなす』の真意:メンター養成講座の目指す先には


先日、ご主人はアメリカ人で奥様が日本人の、知的で優しいご夫婦の素敵なお家に招待いただきました。この奥様とお話しした後はいつも何かしら私の中から引き出され、気付かされることがあります。

多分、ご本人は私のことをインスパイアしようなどという意図は、全くないと思います。でも、聞き上手な彼女と話をすることで、自分の中に内在していたこれまで気付いていなかったことが、まるでそこに光が当てられるように自発的に発見されるのです。

私たちは今、メンター養成講座を立ち上げようとしていますが、彼女のようなスタンツは正にメンターさんたちにお手本として、目指して欲しいと希望している立ち位置です。

彼女はまず、私という一人の人間に興味を持って話を聞いてくださいます。彼女もご自分のお考えをお話しになりますが、そこには(相手も自分と同じ考えにさせよう)などという意図は、これっぽっちもないはずです。

それよりもご自分の世界の見方をシェアしてくれて、共通に共鳴できる場を作ってくれます。その方とお話ししていて、私はこんなことが自分の中からスルスルと自然にできていました。

“仕事の関係者たちとミーティングした際、一般的な会社のやり方の、型にはめていく思考のプロセスについて、私は歯に衣を着せず「それはやだ。やりたくない。」と言いました。

でもそう言っていながら、同時に自分の脳裏には、(普通、人ってこんな風にストレートに言っちゃうものなのかしら?)という疑問はありました。一般的な日本社会ではきっと、そうした言い方をする人はあまりいないかもしれません。もちろん「やだ」と言った後に、「なぜ、それをしたくないかと言いますと、」という風に、理由は説明しましたが・・・

彼女にこのような話をした後、私の中でイメージが膨らんできたことがありました。ちなみに、たいがいこういう話をしている時、どうしてもゲラゲラ笑ってしまうのですが、それはたとえ真面目なシチュエーションの話でも、自分自身を一歩離れたところから見ていて、面白い経験というドラマを観ているように感じているので、ついゲラゲラしてしまいます。

話を元に戻しますが、いつも女性だけでミーティングしている時、約10年来のお付き合いの英語本スタッフ間では、私だけでなくみんなが結構普通に「それはやりたくない」など、スパっと言っています。

事実上私がリーダーなのですが、でも「それはできません」とか「それはやだな~」とか「これをやってください」とか、お互いにリスペクトを保ちつつ、ズバズバと思っていることを、皆からそのまま言われています。

違った意見を述べあいながら、利他となるプロジェクトに向かって道理を見つけていくために、みなで率直に話し合う環境は、私たちにはずっとあったと思います。

誇張して言えば、聖徳太子の「和を以て貴しとなす」という言葉の一般的に考えられている意味ではなく、「和を以て貴しとなすの真意」に近いコミュニケーションは、英語本では実現できていると思っています。

でもそれは、決して私たちが特別だからではないのです。まあ、ある程度は善良な人の集まりでなければできないとは思いますが、それよりもある特定の構造と環境であれば、多くのケースでは、同様のことができるのではないかとイメージできます。

その構造とは、共通のビジョンや想いを深く理解し合えている人間の集まりで、しかもそれが少人数という小さいユニットだったからこそ、可能になる環境なのではないかと考えるのです。

だとしたら、私たちは同様の構造を広めることにフォーカスし、組織を一本化した大きな形状にしてはいけない。同様の構造とは、小さいユニットをたくさん作るということです。

具体的には、メンターさんたちごとに小グループとなって、言いたいことを言える間柄になって、共通の理念を夢見て前に進むということです。

こうした構造の原理は、以前、ペトロスキー先生から教えていただきました。それが自分の経験、たまたま点と点が私の中で繋がっただけなのですが、こうした組織の在り方については、きっと数多くの研究もあることと思います。

私は自分自身の経験と直感を大切にしながらも、すでに研究されていたり実績があることを学びつつ、お母さんたちが「ただ仲良くするのではなく、日本の社会を良りよいものにするために一緒に道理を見い出していけるような、率直で素直で善良な態度でコミュニケーションできる場を、メンターとなる方たちがクリエイトしていけるための健全なプラットフォームを創っていきたい」と考えています。

あのね、ホントに、意地悪な一人の強く意見を言える人に、皆が合わせてついて行かなければいけないとか、そういう楽しくないことしたくないんです。または人から何言われるか分からないから、表面的なことしか言えないママ友しかいない・・なんて、寂しいじゃないですか。

単純に、子育てで同じ意識を持った人たちが、誰が上とか下とか妙な人間関係ではなく、みなが楽しく一緒に成長できる環境があったらいいなって思いません?

人それぞれがもっている特性をお互いにリスペクトして承認しつつ、それでも意見が違うことは、知的に話し合って解決していかれる場があれば、きっとお母さんたちの中にある、秘められた能力に光が当たって、多くのことが引き出されるのではないかと思うのです。

英語本のスタッフは、実は私も含め、誰一人最初から何かができた人たちの集まりではありませんでした。みんな最初は何もできませんでした。本当に今考えると恐ろしくなるほど、私たちは何も知らなかったしできませんでした。

でも、今はプロと名乗っている人たちよりも、もしかして私たちったら、もっと仕事できるかもしれない?と、ほんのちょっと思えるくらい成長したかもしれない。そうなんですよ、私たちも、一人では何もできなかった普通のお母さんたちだったんです。

理論ではなく、こうした実際の経験があるので、どうしても「みなが成長できる場をクリエイトしていくことは、何もできないと思っている、普通のお母さんにだってやれば誰でにでもできる」と信じずにはいられないのです。

ただ、ちょっとだけ助けがあればやりやすいですね。なので、お母さんたちが自分の力で飛び立ちやすいように、どのようにサポートしたらいいか、今それを頭を捻りながら作っています。

実は同じことを10年思い続けてやっていますが、私、そして私たちは未熟だったために、上手くいかなかったことも多々ありました。

だから、失敗してきた故に、それで経験が積めました(失敗した方がいいということは、ペトロスキー先生に、学び方の学びのメタ・ラーニングで教えていただきました)。

なので、今度はその経験を活かしてこれまでよりも良いものを創りたいし、きっと創れます。たくさんトライ&エラーして、失敗してるからね。(笑)

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