生まれ変わり第3話:奇妙な話


※ こちらの記事では、旧ブログ『学力は全米トップ0.1%〜秘訣は幼児期の教育(2005年5月〜2007年3月)』の内容をそのまま公開しています。

*前回までのお話はこちら*
 生まれ変わり第1話
 生まれ変わり第2話

ジェームスが失踪した当時、わたしの夫ロバートは24歳。大学を卒業し、大学院に入る前、しばし実家に戻っていた時でした。すぐ下の弟はエアフォースに入隊し、またロバートの姉はとっくに家から出ていたため、夫の母パッチーとロバート、そしてその頃まだ15歳だった、ジェームス・ルイスと唯一血のつながった息子、ケビンが一緒に居ました。

それにしてもジェームスの人生は、波乱万丈だったようですジェームスの父親はジェームスが12歳の時、娘(ジェームスの妹)が生まれてすぐ、家族を捨てて行方不明になりました。

ジェームスと血が繋がった実の息子のケビンは、一度そのことについて、こんな風に言っていたことがあります。「おじいさん父も、今の僕くらいの年齢の時に、家族から姿を消しているんだ。僕もそのくらいの年齢になったら、同じことをするんじゃないかって、ずっとトラウマがあったんだよ。」

乳飲み子を抱える母一人では家計を支えられず、ジェームスは12歳から新聞配達や、様々なアルバイトをして、実質的に彼の収入で家族を養っていたそうです。

 
お父さんが失踪した頃のジェームス
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そして彼は14歳の時に、年齢を18歳と偽り国家警備隊に入隊しました。1950年代の当時のアメリカは、まだまだ管理がされていず、今では考えられないことですが、年齢を偽っての入隊が可能だったのです。しかし、それだけジェームスが体が大きく、大人びていたということでしょう。

考えられますか?中学生ですよ。中学生が国家警備隊ですよ。うちの子は今年14歳になりますが、今もってトイレから、「マミ~ トイレットペーパー持ってきて~~~」なんてやってます。

でも、現代でも世界中には、早く大人にならなけば生きていけない、子どもたちも大勢いるのでしょうね。

昨日書いた話に戻れば、子どもは自分の魂の成長のために、一番あった環境や親を選んで生まれてくる、と言いますよね。となると、どのような環境であっても、それはその人に与えられた、魂の成長過程ということになるのですね。

そうなると、貧しい子どもたち、裕福な子どもたち、戦争している国の子どもたち、日本のように平和な国の子どもたち・・たとえ彼らの人生がどのような人生であっても、それらは全て魂の成長の過程だという見方をすれば、表面的には不平等でありながら、どちらの人生の方が良いとか悪いとか、わたしたちにはジャッジできるものではない、ということになるのでしょうか。

魂は生まれ変わるもので、人生は各自が生まれてくる前に、今生で魂を磨くために、自らが選らんだドラマのようなものと考えると(付け加えれば、どのようなドラマであっても、人は幸福になれるとわたしは信じています)、平等でなくて当然かもしれないと、今の自分の人生を受け入れることができるかもしれないと思うのです。

だから、どんな状況にある人にでも、わたしは「かわいそう」とは思わないようにしていましたが・・。でもそれはあくまでも理論であって、人間の情はそんなものではないですよね。辛い思いをしている人が側にいれば、かわいそうだし助けてあげたいと思うのが辞人情でしょう。ただし救ってあげることはできないかもしれませんね。でも思いやりの気持ちを持って、自分に出来る何かをしてあげられることならできるはず。

また話が脱線してしまいました。すみません。その時に書きたいことを書きたいように、つらつら書いているとこうなっちゃいます。。。

 
ジェームスは彼の魂の成長のために、なかなか波乱万丈な人生を選んだようです。子供時代だけでなく、大人になってからも彼の人生はなかなか苦労の多いものでした。初婚で結婚した相手(パッチー)には、すでに10歳の娘と5歳と2歳の3人の子どもがいました。

左からロバートの姉、ロバート、下の弟、ジェームスの妹、ケビン
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それは、子どもたちにとっても大変なことだったと思います。なにせ写真を見るだけでも、存在感、、、いやそんなもんじゃなく、威圧感を感じさせる、若い頃から軍隊で鍛えられている巨大な男が、毎日家の中にいるようになるんですもの。ロバートはジェームスが怖くてたまらなかったそうです。

ジェームス ベトナムにて
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ジェームスにとっても、3人の子持ちになることは、とてもセンセーショナルなことだったに違いありません。なにせ彼は若干24歳だったのですから。ジェームスが失踪した時、彼は42歳でした。しかし、42歳というのは彼が生涯の幕を閉じた年ではないかもしれません。もしかしたらジェームスはまだ生きているかもしれない。それは誰にも分からないのです。

失踪後パッチーは2~3日、ジェームスからの電話を待っていたそうです。それまで、ジェームスが家に電話をしないということはなかったため、パッチーはとても心配しましたが、なるだけ楽観的に考えるようにし、事故にあったなど、最悪の事態は敢えて想像しないようにしてたそうです。良い言い方をすれば楽観的となりますが、受け入れたくないと言った方が正しい表現かもしれません。

悪いことが起きると、目を覆って現実を見ないようにしたり、真実に耳をかたむけることを拒否して受け入れない、、、もしかしたら、それはある意味、人間が生きにびるためのメカニズムかもしれません。

しかし、2週間たっても全く連絡がない。ここまできたら、受け入れざる得ません。その時パッチーとロバートは、初めて警察に連絡したそうです。警察は全く動いてくれませんでした。

なぜなら事件ではなかったからです。事故でもありませんでした。ただ人が一人、急に家に帰ってこなくなった。それが事故である、または事件である証拠は何一つないのです。

英語だと、どっちに行っても解決策が見つからないジレンマのことをCatch 22 と言います。 証拠がないから警察が動かない。でも、警察が動いてくれなければ証拠を探せない。まさにキャッチ22の状態です。

 
それからロバートとパッチーは、様々な方面を当たり始めました。まずは、面接に行くことになっていた会社に問い合わせました。しかし、その会社ではジェームス・ルイスと面接の予定があった記録はなく、ジェームス・ルイスを知る者を探すことはできなかったそうです。そして友人知人、考え付く限りの人たちに連絡を取りました。やはりジェームスの動向を知る人は誰もいませんでした。

それだけではありません。アメリカにはソーシャルセキュリティー番号(社会保障番号)というシステムがあります。ソーシャルセキュリティーを調べても、クレジットカードが使用されたか追跡しても、銀行口座に何か動きがあったか調べても・・・

彼らには何一つ何の情報も得られませんでした。まるでジェームス・ルイスという人間が存在していなかったのように、一瞬のうちに消え去ってしまったのです。

パッチーは「死んでもらってた方がよっぼど楽だった」と言います。今でも、「もしかしたらどこかで生きているかもしれない」とも言います。

わたしは、彼女から昔の話を聞く度、彼女を24年前に止まってしまった時から、今という時に連れ戻してあげたかった。そんな気持ちが、なおこさんのお話を聞いているうちにわたしの中で突然、思い起こされたのでした。

(続く・・)

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