テーマ60:子育てと宗教


※ こちらの記事では、旧ブログ『学力は全米トップ0.1%〜秘訣は幼児期の教育(2005年5月〜2007年3月)』の内容をそのまま公開しています。

考えるポイント

子どもに道徳やスピリチュアリティーをどのように教えたらいいのでしょうか?本来は毎日の生活の中で、親の行動を通じて教えていくものなのでしょうね。しかし私にしても、子どもを通じて鏡のように映し出される自分自身の姿を見てどうしたものかと毎日反省の日々・・つまり14年間試行錯誤しているのですわ。

さて、あなたは子どもにどのように、道徳やスピリチュアリティーを教えていますか?

今日は、名古屋からローカルな電車に乗って半田という、結構ひっそりとした町に行った時のお話です。

名古屋を出た後、半田にある“MOA”というグループでお話させていただきました。MOAって何だ、 でしょ? 私もそう思いました。ニューヨークの美術館MoMAなら知ってるのですが。。。しかも、“もあぁ~” じゃなくて エム・オー・エーだそうです。

茂吉の “M”、 岡田の “O”、 アソシエーションの “A” 岡田茂吉さんという「宗教法人 世界救世教 東方之光」の創設者の方の頭文字だそうです。メルマガを読んでくださっているMOAの方から名古屋から半田は近いので、半田にも来てくださいとメールをいただいた時(えっ、私が?宗教法人でお話? どうしよう・・)と
しばし考えて込んでしまいました(ほんの15秒ほど)。

でも、カトリックの教会だったらいいけど、イスラム教のモスクはダメで、ユダヤ教は受け入れるけど、仏教はどうも・・と言った秤を全く持ち合わせていない私は、呼ばれた所に甲乙つけるなど、そんな根拠も動機も全くありません。

だから呼ばれたらどこにでもホイホイ行かせていただきます。多分、これからも時間と体力さえあれば、きっとそうします。

 
しかし、多くの方は、なんですか、アレ、あの麻原彰晃のオウム真理教とか、宗教と聞くと、カルト集団だと自動的に思われる方も多いようですね。私はと言えば、MOAに対する先入観念はありませんでした。というのも、だいたいが頭で考えるタイプではなく、身体で感じるタイプなので(半田に行く、半田に行く、時間に遅れないように半田に行く)って考えてたくらいで、あとは何にも考えていませんでした。

でもMOAに行きましたら、なんとま~身体がリラックスしきって、リラックスついでに、畳の部屋に寝転がってみなさんと話をしてたくらい気持ち良い思いをさせていただきました。

その時、トドのように寝転がって話しをしてたのは、私だけだったかもしれませんが・・ 今考えたら顰蹙だったかも?しかも、寝転ぶためにお伺いしただけでなく、美味しいご飯まで御馳走になって、、

それがですね、主に一人の方が作ってくれた食事を一口ほおばった時(なにコレ?)美味しんぼ の漫画じゃありませんが、“さっぱりとして濃くがあり、まったりとして、脳に刻み込まれて忘れられない味“(まさか味の素じゃあないよね?)

私は書道家のような心持で、神妙にお箸を持ち目をつぶって、冷やし五目素麺を味わいました。甘すぎず煮られた椎茸、そして丁度いい塩加減の卵と一緒に一口大にくるんと丸められた素麺を苦くなるほど鰹節の出汁が出すぎていない、丁度いいまろやかさの汁につけてペロっといただき、そして聞きました。

「なんで、、、なんで、こんなに美味しいんですか~?」って。するとMOAの方の意味深な微笑み。。。(だから味の素じゃないよね?)彼らは手かざしをするそうですが、それと同じなのだそうです。と、私は理解しましたが、、、とにかくエネルギーというか“愛“なんですね、あの味は。

なるほど、料理って調味料ではなく、氣が勝負だったのね。確かに、アルコールを氣でとばしてしまう気功の先生には会ったことあるし氣を入れて料理すると、味も変わるというのは理解できます。

 
私はファーストフードを食べる時、時々身体に入れたくない妙なエネルギーを感じることがあります。それは、作っている人の気持ちじゃないかって、いつもうすうす思ってました。安い賃金で、暑くて狭い所で働いていて、それでも希望があって働いているならいいけどアメリカの黒人とヒスパニックと白人の、完全に溝ができたシステムの中で肌の色が違って生まれてきただけで、そのシステムから抜けられないという怒りと悲しみと諦めの気持ち・・

本当にね、ファーストフードや安いレストランで食べる時に、そんな氣を舌という身体を通じて感じる時があるのです。

 
息子は、将来人種差別を完全に無くし、社会の格差を無くす、そんな政府を作りたいと言ってますが、私は(まだ子どもだからまったく甘ちゃんの理想を掲げちゃって)と彼の話を聞く前から、頭ごなしに思っていました。

そして先日、社会主義と資本主義に関する討論を食事をしながら家族でしていた時に、私は息子に偉そうに言いました。そう、こちらの方が世の中や人間のことを知っていると子どもを見下し、上から物申す感じで言いました。

「完璧に思えるイデオロギーは昔からあるけど、人間が改善しなければいけないのは
政策そのものじゃないでしょ。どんな素晴らしい政策があってても、それを導入する
人間のエゴと欲が無くならない限り、歴史は繰り返されてるじゃないかな。理想に近づくには政治よりも先に、リーダーとなる人のエゴや個人の欲をなくし同時に、世界中の一人一人の魂の成長を促すことが大事なんじゃないの?」

「宗教だってそうじゃない?イスラム教が悪いのではなく一部の過激なイスラム原理教の人の犯す行為、つまり、自分たちだけが正しくて、他が間違っているという理想を掲げたエゴを押し通し、暴力に走る行為、そういった人間の性が問題なんじゃないの?」

「それと同じように現在アメリカがとった選択は、資本主義が悪いからではなく資本主義の中で動く、人間のエゴと欲が問題なんだと思うよ」なんて、ガキだと思ってなめてかかって、そんな風に諭しにかかった訳です。

それに対する彼の応酬は、、、「政府が変われば人が変わる」と一言、断言してきました。私はまだまだなめてかかってました。

 
が、、、しかし待てよ

人種差別のことで言えば、そ~言えば、州政府がリベラルなカリフォルニアと、州政府が保守的なテキサスとでは確かに住んでいる人の感じや、街の雰囲気が違うかもしれない・・・

もしカリフォルニアしか知らない人がテキサスに一歩足を踏み入れ、街を一日見て周れば、人種差別を肌で感じることができると思う。私自身、テキサスに初めて来た頃、(あれ、、なんか、ココは違う・・)って思いましたもん。

例えばカリフォルニアではESLという English as a Second Language つまり英語を母国語としない人たちに英語を教えるクラスはパブリックのカレッジで無料でやっているところもあるし、費用が掛かったとしても、テキサスほどではないらしい。

それはきっと州政府による基金によるものだと推測しますが・・

テキサスはどうか?ここはね、パブリックのカレッジでもESLのクラスを取るのはすごく高いのよね。テキサス州政府は移民の教育に、カリフォルニアより予算が無いのかも。だからESLで正規に英語を勉強するなんて、メキシコから移民で来たお金のない人たちには絶対に無理な話。

でも、鶏が先か卵が先かというように、英語ができなければ移民の人たちは、元から住んでいるアメリカ人の下で肉体労働をするしか仕事はなく、額面的には奴隷とまでは言わないけど教育を受けられない人たちは、、一度そのシステムにはまってしまったら何世代もその状況から抜け出せない社会の仕組みになっているのです。

 
そのようなことを考えると、政府がどのような政策を取るかで人間が変わるということも、耳を傾けなければいけない然りな意見ですね。でも政府とか宗教団体とか会社とか、人々に影響を与える組織、それらも結局は人で作られているしな・・・

やっぱり鶏か卵かの話になっちゃうけど、人間を変えられる、政府などの組織の上に立つ人たちがエゴや欲の塊だったら、みなが平等に幸せに潤える社会を作るのは難しいですね。

あ~そう考えると、私たち母親の仕事ってすっごく重大。と話がズンズンずれているようですが、ところがそうでもないと書いている本人は前もって申しておきます。だって、多くの人たちは、できたら優秀な子どもを育てたいと思っていますよね、きっと。そこで右脳教育とか英語教育とか早期教育とか、色々やります。

でも、優秀に教育された人間がリーダーになる時のためにエゴや欲のない、本当に人のために骨身を削れる人材となるよう親はどうやって教育していったらいいのでしょう。

ただただ勉強ができる子どもに育てるのは、そんなに難しいことじゃない。親が頑張って頭を使って、子どもが小さい頃に教育しておけば、勉強ができるくらいの子どもに育てるのは、それほど苦労なくできるでしょう。

でも優秀なだけでなく、正しいマインドを持ち、スピリチュアルを深く理解し、そして、自分の能力をエゴや欲を持たずに使い、社会に還元できる人間を育てるとなると、どうしたらいいのでしょう。このことは私にとっても、しっかりと知恵を絞らなければいけないと日頃から気を配っていることでもあります。

そう考えたら、半田にある「MOA健康塾 和(やわらぎ)」のような施設はスピリチュアル教育で路頭に迷う親にとっては学びの場として決して悪くないかもしれません。またはキリスト教の教会でも、お寺でも同様でしょう。

宗教と聞くだけで、毛嫌いする人はいるかもしれませんが、宗教の悪い面にばかり目を向けず、良い部分を勉強させてもらえば宗教の知恵を子どものスピリチュアル教育に、上手に取り入れることはできますね。

 
我が家では、子どもが小さい頃にそれこそ色々な宗教の集会に連れて行きました。息子は仏教の本も、キリスト教の本も読みます。最近では、様々な宗教の聖者についての歴史書を読んでいました。

政治や宗教の理念はハンマーのようなものではないでしょうか。知識や学問もそうですね。そしてハンマーは、使う人によって良くもなれば悪くもなるのだと思います。だからハンマーが悪いんじゃないんです。ただハンマーを使う私たちの叡智と魂が問われるのだと思います。

私たち親の義務は、ハンマーを無闇に与えるだけでなく、正しいハンマーの使い方も子どもに教えなければいけません。これは私にとっても難問でありますが、あなたはどう思います?

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