テーマ59:国際人を育てる


※ こちらの記事では、旧ブログ『学力は全米トップ0.1%〜秘訣は幼児期の教育(2005年5月〜2007年3月)』の内容をそのまま公開しています。

考えるポイント

国際人を育てるための教育と言うと、つい日本の外の文化に目が行ってしまいます。が、しかし、自らの国の文化を知らずに、外国に出たら恥ずかしい。恥ずかしい思いをたくさんしている、本人が言うのですから間違いないです。(笑)

真の国際人とは、自国の文化も知り、そして海外の文化も幅広く知っているだけでなく、許容できる人だと思うのです。そう考えると、おのずと英語教育だけが重要ではないことが見えてきますよね。

名古屋では「いちふじ」という民宿旅館に泊まりました。そこで、面白いことに気づきました。日本の小さな家屋では、大股でどしどし歩いたり、大声出したり粗雑な態度が自然とできなくなります。日本の粋な家屋では、廊下の隅にひっそりと置いてある一輪の花に人の繊細さを感じたり、隅々まで手入れされている家屋に慎ましさを感じます。

わびさびの世界ですね。

ところで、あなたはわびさびの定義を言葉で説明できますか?実はこれまで何人もの日本人に、わびさびの定義を聞いたことがあるのですが私も含めてみんな説明ができないのです。

でもわびさびってこういう感じ、なら知っているし、こういうデザインはわびさびというのは分かっているのよね。アメリカにはわびさびのセンスはありません。テキサスなどは特に家が大きくて、人も物も食べ物もみんな大きくて喋る声も大きくて、みんな大股で歩いていてそんな所でわびさびして(動詞になったわびさび・・)野に咲く一輪の花のように可憐に生きていたら、テキサス人の大きな靴で踏み潰されてしまいますわ。

しかも踏み潰したテキサン(テキサス人のことをテキサンと言います)は、何かを踏み潰したことさえ気づかずに、腰に手を当てて大きな声で笑っているという、テキサンとはそんな輩が多いイメージです。それもこれも、だだっ広い荒野の大地を切り開いて生きてきた人種だからでしょう。

しかし、、、いちふじのピカピカに磨かれた廊下を 内股ですべるように歩くよりいったい大股で何歩で歩けるか数を数えたくなった私は、テキサスに住んでだんだん粗雑になってきているのではないか、とちょっと心配。。。

 
いちふじに泊まった時、私はふと、人間の違いは、自然から来ているのではないかと思いました。日本の豊かで繊細な自然の中で生まれた家屋、そして、そんな自然の中で生まれた文化の中で、何世代にも渡って生きてきている日本人。

当然、日本とアメリカでは自然が違うように私たちの立ち振る舞いも違ってくるのでしょうね。それでもグローバル化は進んでいるというのも事実で、私たち親は次世代の子どもたちに、日本人独自のやり方だけでなく世界の国々の違った文化の中で生きてきている人たちとスムーズなコミュニケーションができるよう期待せずにはいられません。

世界のことを考えると、期待しているというだけでは終わらず、もしかしたら、そのような子どもたちを日本から輩出することは今やもう必須だと感じることでもあるでしょう。現代の親は、そのような大きな課題を課せられているのですね。

だから、直球にその課題をこなそうとすると、「よっし、じゃあ英語を教えなきゃ!」となるのかもしれませんが、この課題はそれほどシンプルでもないような。。。とは言え”国際人を育てる”なんて、どうしていいか右往左往しちゃうわよね。

 
私はこんな風に考えています。

日本という土地に住んでいる限り、または日本から離れていても、日本の自然の中から生まれた魂を忘れていない限り、私たち日本人が、日本の文化や生活習慣を否定することはナンセンスでしかないと思うのです。

言葉も文化です。日本に居ながら日本語をきちんと教える前に、国際人を育てるために、英語にフォーカスして教えることは私はやっぱりナンセンスだと思うのです。英語を教えているからといって、日本語を教えることを疎かにしてはいけないのです。

言葉は国そのものです。そして、国は神様から与えられた自然です。その言葉を継承せずに、他の自然の中で生まれた言葉を教えたら、自然の摂理に逆らうことになります。

でもやっぱり国際人には英語が必要、ですね。さて、あなたならどうする?

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