人間も動物なんだから

人間も動物なんだから

2018年春。新幹線で新大阪に行った。レンタカーをすでに予約してくれた友人が、車を取りに行っている間、駅の外で待っていた。これから滝行に向かうところ。外に出ると間髪開けずに目が痒く咳が出てきた。PM2.5や黄砂という言葉を目にしたことはあっても、経験したことはない。でも、このシバシバする目の感じ、なぜか知ってる。ああ、子どもの頃の光化学スモッグ注意報の時と同じ感じ。

普段テキサスの田舎町に住み、臭いと感じる経験は、古びたトラックから放たれる煙。そして牛や馬の臭い。なにせ人口7000人の町ですから。でも土地だけは広い。日本から来る人たちから、「ガス欠になって車が動かなくなったら、一体どうなるんですか?」と聞かれることが多いけど、車の数も人の数も断然に少ないのだから、心配になるのでしょう。

ところが大阪は違う。建ぺい率が80%の建物は、実際には土地一杯、つまり建ぺい率100%あると思えるくらい、建物がギュウギュウ詰めに見える。土はどこにあるの?アスファルトやコンクリートにコーティングされていない地面はどこ?ひしめき合うマンションのベランダには洗濯物。日々の生活感が漂ってくる。PM2.5 、黄砂は洗濯物にくっついてしまうのかしら?

 
講演のために数日滞在した大阪で、多くのお母さんたちと会った。会って話をし、笑顔を交わし、ハグし合った。彼女たちにとって私はきっと異種な存在。数年前、横浜で会ったなんでもお見通し、つまり超能力が売りの方に、「大地の匂いがする」と言われた。そうなのかなあ。身体に土を纏っているのかもしれない。多くのお母さんたちと会うのは刺激的だった。彼女たちは逆に土の感じがない。そして、ちょっとだけ足が宙を浮いている感じ。それが新鮮に思えた。

歩き方に違いがあって、足を地面に置く時、もしくは踏み込む時に、意識が下に下に行くタイプ、その逆は足を上にあげる方に意識を感じるタイプがある。気持ちを下か上かに持つことだけで、意識によって足の動かし方、身体全体の動き、伝わって来る雰囲気が変化する。これは、土を4本の脚で踏みしめている、馬たちから教わったこと。彼らにとって走ることは身を守る術。つまり足(脚)をどう動かすかは、生き残りと密着している。馬たちと生活する経験がなければ、人の足をそんな風には見なかったと思う。

お母さんたちは、学校では優秀だったのだろうなあ。そのマインドを子育てに活かしているのか、持っている情報量がすごい。馬の足(脚)のように、生き残ることと密着しているのかもしれない。女性たちは大昔は採集してたから。でも現代では、採集が収集に取って代わった。そして、収集された情報は副作用となって、かき集められた情報に埋もれ、何が正しいか分からなくなってしまう。そうして足が少し宙に浮いてしまう。

使っているエネルギーが身体ではなく頭に集中。気が上に上がっている感じになる。すると声も裏返り、腹から出てくる響きがなくなる。その声で子どもを叱っても、子どもは大人より動物的な勘があるから、言うことを聞かない。

多分、都会に住む多くのお母さんたちが経験していることではないかと。だからそれは個人の問題ではなくて、環境の問題ではないかと思う。土がないところで生活していて、力が出るわけがない。人間も動物なんだから。

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